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松山地方裁判所 平成5年(モ)829号 決定

主文

本件移送申立を却下する。

理由

一  申立の趣旨及び理由

1  申立の趣旨

本訴を広島地方裁判所へ移送する。

2  申立の理由

(一)  申立人と相手方との間で締結された学習塾加盟契約書(〈書証番号略〉)には、第二四条で広島地方裁判所を専属的合意管轄裁判所に指定する旨が明記されており、相手方もこれに合意している。

(二)  従って、本訴については松山地方裁判所には管轄がなく、本件は管轄違いであるから、民事訴訟法三〇条一項に基づき、管轄裁判所である広島地方裁判所への移送を求める。

二  当裁判所の判断

1  専属的管轄の合意の内容について

(一)  相手方は、申立人との間で学習塾加盟契約書(〈書証番号略〉)に署名捺印しているところ、同契約書の第二四条には、「本契約に関して、万一紛争が生じた場合には、申立人の本店所在地を管轄する広島地方裁判所を専属的合意管轄とすることを、相手方は承諾した。」という趣旨の文言が印刷されており、申立人と相手方との間には、申立人が主張する専属的合意管轄が成立しているものと認めざるを得ない。

(二)  相手方は、本訴においては、申立人が相手方に学習塾加盟契約を締結させるに至った経緯自体を不法行為と主張して、その不法行為責任を追求しているのであるから、専属的管轄の合意は、本件訴訟の管轄を拘束するものではないと主張する。

しかし、本件専属的管轄の合意は、その趣旨・目的に照らすと、本件学習塾加盟契約に関して紛争が生じ訴訟になった場合は、その訴訟における訴訟物や法律構成の如何を問わず、全ての訴訟が広島地方裁判所に集中的に提起され、追行されるべきことを合意したものであり、本件訴訟も、「本件契約に関して紛争が生じた場合」に含まれるものである。

(三)  更に、相手方は、専属的管轄の合意は、申立人の詐欺によるものであるから、右合意を取り消すとか、相手方は、その法律的意味を十分に理解せずに、専属的管轄の合意をしたものであり、専属的管轄の合意は相手方の錯誤により無効であるなどと主張する。

しかし、私法上の契約(学習塾加盟契約)の意思表示に詐欺・錯誤等の瑕疵があり、取消・無効となったからといって、管轄の合意が常に私法上の契約と運命・効果を共にしなければならないものではなく、むしろ、管轄の合意は、私法上の契約がその本来の目的を達することなく効力を失って、紛争が生じた場合をも予定しているものである。

2  本件専属的管轄の合意の効力について

(一)  もっとも、専属的合意管轄の定めがある場合でも、受訴裁判所が法定管轄を有する裁判所であり、かつ著しい損害又は遅滞を避けるため、受訴裁判所で審理をする必要があると認められる場合には、専属的合意管轄裁判所に移送しないで、受訴裁判所でも審理できると解するのが相当である(本件学習塾加盟契約書による専属的合意管轄の効力について判断した、東京高裁平成三年六月二八日決定・判例時報一四二七号六五頁、仙台地裁平成四年九月二五日決定・判例タイムズ八二四号二四四頁も同旨)。

(二)  これを本件についてみるに、一件記録によると次の事実が認められる。

(1) 申立人は、平成元年頃から現在に至るまで継続的に、申立人と学習塾加盟契約を締結した全国に散らばる多数の会員から、学習塾加盟契約の締結自体が詐欺行為に当たるとして、不法行為を理由とする損害賠償請求訴訟を提起されてきた。ところが、申立人は、これらの訴訟については、いずれも専属的合意管轄の存在を主張して、広島地方裁判所への移送の申立をしてきた。

(2) ところで、申立人・相手方間で本件学習塾加盟契約が締結されたのは、平成三年九月二五日であったが、右時点では、申立人を被告とする損害賠償請求訴訟が、既に全国的に広がっていた時期である。ところが、申立人は、このような事情を一切秘し、専属的合意管轄の法律上の意味・内容についても何ら説明することなく、相手方との間で本件学習塾加盟契約を締結したのである。そのため、相手方は、本件学習塾加盟契約書には、専属的合意管轄の定めの文言が印刷されていることすら、気付かずにいたものである。

(3) 本訴では、相手方が、本件学習塾加盟契約は詐欺商法に基づくものであり、契約の勧誘から締結その後の履行に至る一連の行為が、不法行為に当たると主張しているのに対し、申立人は、相手方の右主張を全面的に争っていることからして、将来、相手方本人以外に、本件学習塾加盟契約に係わった申立人松山支社の営業関係者、申立人の紹介により送り込まれてきた塾講師、相手方が開設した塾の生徒や保護者などが、証人として予想される。ところが、これらの者の多くは愛媛県に居住する者であり、本訴を広島地方裁判所で審理した場合、証人としての出頭確保に不安がある。

(4) また、相手方代理人は愛媛弁護士会所属の弁護士であり、申立人の争い方如何では、審理の長期化が予想されるところ、本訴を広島地方裁判所で審理しなければならないとなると、本訴の訴訟物の価額は三七〇万円に過ぎないのに、訴訟物の価額に比して多額の訴訟費用(弁護士費用を含む)が必要となるので、相手方にとっては、将来、本訴の維持・遂行すら困難となる事態も予測される。他方、申立人は松山支社を開設し、愛媛県内で多数の学習塾加盟契約の会員を募って、積極的に営業活動を行ってきた者であるから、本訴を松山地方裁判所で審理したからといって、申立人に信義に反する予想外の不利益を課すものとは思われない。

(三)  右認定によると、本件専属的管轄の合意を全面的に有効なものと認め、本訴を広島地方裁判所に移送することについては、信義則上疑問がある上、本訴を広島地方裁判所で審理することになれば、相手方に著しい損害が生じる恐れがあり、また訴訟遅滞の恐れも否定し難い。

従って、本訴については、著しい損害又は遅滞を避けるため、法定管轄(民事訴訟法一五条が定める不法行為地の裁判籍)のある当裁判所で審理するのが相当であり、専属的合意管轄のある広島地方裁判所に移送しないで、審理することが許されるものというべきである。

3  結論

以上の次第で、申立人の本件移送申立は理由がないので却下する。

(裁判官 紙浦健二)

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